市内にあった博物館、海と貝のミュージアムなど四つの文化施設は東日本大震災で甚大な被害を受けました。被災後の大混乱のなか、文化財のレスキュー作業は、県内外からの関係者の皆様のご支援により、所蔵していた56万点の資料のうち約46万点が回収されました。海水に浸かった文化財の再生は世界的にみても例がない取り組みと言われております。
 東京国立博物館、岩手県立博物館と連携を図りながら震災直後より職員を現地に派遣していただき、文化財の被災状況の調査、安定化処理・修復作業の指導に当たっていただきました。
当館で幼児教育の証として大切に保管していたリードオルガンも大震災で被災し、海水によって被害を受け回収されたままの状態で保管されておりました。
 そんな矢先、たまたま取材に来られていた新聞記者の方から日本リードオルガン協会をご紹介いただき、調査の結果修復が可能判断され依頼することができました。この出会いがなければ前例のない津波で被害を受けたオルガンの修復は叶わなかったかもしれません。また、その過程で、日本に現存する海保製オルガンとしては3台目であることが確認され、大変貴重なオルガンだということがわかりました。
  いくつかの奇跡が重なって、見事に復活したこのオルガンの音色が市民の心の復興の一助になれることを願っています。
陸前高田市立博物館長 本多文人
 平成23年3月11日に発生した東日本大震災は、多くの文化財にも甚大な被害をもたらしました。当館は、被災地の博物館等と協力し、被災文化財の再生事業に取り組んで参りました。陸前高田市立博物館収蔵のリードオルガンは大津波による海水の被害を受けながらも、見事に再生を遂げ、本年1月に開催した特別展「3.11大津波と文化財の再生」において、『奇跡のオルガン』として展示されました。
 会期中には演奏会が開催され、沢山のお客様が足を止め、耳を傾けました。展示だけでなく、演奏会やCDを通じて被災文化財の救出と再生の成果を五感で感じられるという意味で、重要な役割を担った文化財です。
 東日本大震災から4年が経過し、陸前高田市では46万点の資料が救出されました。しかし、本格修理を終えたのは約10000点に留まります。被災地の復興とともに被災文化財の再生はこれからも続きます。
東京国立博物館長 銭谷眞美
安定化処理そして再生への挑戦
 津波で被災した文化財は、海水に含まれる塩分、海底のヘドロ、津波に混入した生活排水に含まれる雑菌類など、さまざまな汚染物質が染み込んでいます。被災現場から救出された文化財は、安全な場所で急激な変形や腐敗から護る必要があります。津波で汚染された文化財を博物館の収蔵庫に運び込むことは、健全な文化財に悪影響を与えかねません。そのため独立した専用の施設に運び込むことになりますが、津波を被った地域はどこも施設の確保に苦労しました。陸前高田市では運良く閉校となった小学校が利用できたため、30万点もの文化財を運び込むことができたのです。
 安全な場所に運び込んだ文化財を急激な劣化から守るためには、保管環境の整備と文化財に染み込んだ有害物質や雑菌を取り除かなければなりません。閉校になった小学校には冷房のための空調装置はなく、そのため気温の上昇とともに文化財は直に黴で覆われてしまいます。乾きにくい雑誌類の劣化を止めるために、市場の冷凍庫を借り上げて冷凍保管をしました。空いたスペースを除菌清掃した後にスチール棚を設置し、運び込まれた文化財を一点ずつ収めて風通しのよい収納環境を作りました。
 同時に資料に対する本格的な処置も始まりました。脱塩、除泥、除菌を行う安定化処理です。しかし、今回ほど沢山の種類の文化財が津波に襲われた前例はどこにもありません。全てが手探りの状態で試行錯誤の連続でした。昆虫、貝類、植物、鉱物などの自然史標本、近現代の教科書や紙芝居、江戸時代の古文書、石碑を写した拓本、漁撈具や民具、近世の染織品、さらには油彩画や水彩画に至る美術品まで、極めて広範にわたる文化財を処置しなければなりません。塩分や汚泥を取り除くには真水に浸けて解かし出す以外に方法がありません。美術工芸品の安定化処理技術は、東京国立博物館、女子美術大学などの手によって開発が進められていますが、難易度が高いうえに対象となる作品の数も多いため、膨大な時間を要すると思われます。従来の常識を超えた挑戦が今も続いています。
東京国立博物館 神庭信幸
 「天に響け」陸前高田奇跡のオルガンat東京国立博物館」CD化おめでとうございます。当時を思い浮かべながら心静かに聴かせて頂きました。
 あの日から4年と3ヶ月、おわりの見えない地道な文化財修復の証として、未来への第一歩、今後も続く修復活動の光とならんことを心から祈念します。
 平成23年4月19日、青森県弘前第9偵察隊長に上番、最初の派遣活動となる4月25日から27日の第3回遺体集中捜索、瓦礫で埋め尽くされた陸前高田市立博物館内で泥や海水に浸かってしまった収蔵物を黙々と回収されている方々と出会い、隊員と共に御遺体捜索しつつ、文化財レスキューした約1ヶ月半の日々を思い起こしています。
 今後の文化財修復作業、とてつもない時間と労力が必要なんだと思いますが、文化財を蘇らせるため地道な修復作業をされている方々の援護射撃となるべく陸上自衛官として一社会人として今後も応援し続けたいと思います。
陸上自衛隊元第9偵察隊長(現第71戦車連隊副連隊長) 前田浩士
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被災直後の陸前高田市立博物館
震災直後に博物館内に置かれていた書き手の分からない置手紙
「博物館資料を持ち去らないで下さい。高田の自然・歴史・文化を復元する大事な宝です。市教委」と書かれてあった。
回収直後のリードオルガン
回収された文化財
紙資料洗浄作業
民具洗浄作業
国登録有形民俗文化財の「かっこ船」の脱塩
脱塩作業
高田歌舞伎装束の本格修理
安定化処理を終えた鬘の結い直し
被災した標本箱
昆虫標本の修復作業
解体した拓本の安定化処理